「吉田寮現棟・寮食堂に係る明渡請求訴訟」の 具体的な争点のまとめ

「吉田寮現棟・寮食堂に係る明渡請求訴訟」の 具体的な争点のまとめ

「吉田寮現棟・寮食堂に係る明渡請求訴訟」の

具体的な争点のまとめ

文責:吉田寮自治会

※以下、2021.12.13「第10回口頭弁論弁護士報告」(森田弁護士より)を改稿。

1、裁判の概要

 本訴訟は、吉田寮現棟と吉田寮食堂の明け渡しを求めて、京大当局が吉田寮生を訴えたものです。2019年4月に寮生のうち20名が提訴され、2020年3月には更に25名が提訴されました。その後、2022年2月時点で、第11回まで口頭弁論が行われました。

 なお追加提訴された人の中には、提訴の時点で既に吉田寮を退寮し、当局もそれを掌握していたはずの元寮生も含まれています。こうした元寮生を提訴する実益はなく、実質的に学生自治や寮自治の萎縮をねらったもので、訴権の濫用であると言えます。

2、裁判の論点

 では、この裁判で、原告と被告はそれぞれどのような主張を行っているのか、説明します。なお、各論点についての詳細は、過去の口頭弁論でのプレゼンテーションが吉田寮のウェブサイトで公開されていますので、合わせてご参照ください。

2-1、不起訴合意、確約の正当性

 第一に寮生側は、大学当局が寮生を一方的に提訴すること自体が不当であり、訴えは取り下げられるべきと主張しています。

 それは、吉田寮自治会と歴代の大学の学生部長や副学長が団体交渉において締結してきた合意文書(確認書・確約書)において、「吉田寮に関する物事は、寮生との話し合い・合意形成によって決定する」ということが定められてきたからです。直近では、2015年2月に杉万副学長との間で同内容の確約が結ばれています。

 これは法的に評価すると、「不起訴の合意」即ち「両者間の紛争は公権力(司法権力)に委ねるのではなく、当事者間の話し合いにより解決する」という合意が成立しているということにまります。よって、これに反する京大側の提訴は却下されなければいけません。当局の提訴は信義誠実の原則にも反しており、訴権の濫用であるとも言えます。

 京大当局は、この「確約書」は大学の正式決済を受けたものではなく、当時の学生部長や副学長が無権限でサインしたものにすぎない、よって合意は無効である、と主張しています。

 これに対して、寮生側は、大学の規程において、厚生補導担当の副学長が、学生の寄宿舎に関する決裁権限をもつことがはっきりと定められており、その上で副学長が署名しているのだから、確約書は有効である、と立証してきました。

 事実、2012年には、吉田寮自治会と当時の赤松副学長との間で、吉田寮新棟の建設と寮食堂の耐震補修を内容とする確約書が結ばれましたが、その後実際に合意に基づき予算が執行され、2015年3月に食堂の補修工事が完了しています。

 仮にこれらの合意が副学長の決裁権限を逸脱して行われたのであれば、食堂の補修が予算化されるはずはなく、また副学長は内部規律違反行為として懲戒処分がされなくてはいけません。そのような事実はなく、副学長による確約は、当然に有効な決済過程を経たものであったと言えます。

 京大の主張はこうした歴史的事実をも無視するもので、経緯から言っても主張に合わず、矛盾しているということも、合わせて主張してきました。

2-2、不起訴の合意以外の論点

 では次に、仮にこの「不起訴の合意」が認められなかった場合の裁判の争点について説明していきます。

2-2-1、契約関係の存在について

 本件訴訟では、京都大学と吉田寮生の法的な関係、例えば契約関係にあるのかそれともそれ以外の関係にあるのか、ということが論点の一つとなっています。なぜなら、吉田寮生が吉田寮に居住していることが適法なのか違法なのかということは、両者の権利関係によって規定される面が大きいからです。

 京都大学側の主張は、第一に、大学が「施設管理者」で、寮生は単なる「利用者」にすぎないのだから、契約関係はないというものです。よって、大学には施設利用について広範な裁量があり、建物が老朽化していることを理由に寮の利用停止を決定した、と主張しています。

 しかしながら、これは京都大学が「国立大学」で、吉田寮が「国有財産」であった時の論理でしかありません。京都大学は2004年に独立法人化していますので、現在の京大と寮生との関係は、私人間の契約の延長上にあると言えます。事実、1986年の横浜地裁判例において、私立大学の例ですが、大学と寮生の間に契約関係が存在することが前提とされています。

2-2-2、契約内容について

 では、「契約がある」とした場合、その内容は具体的にどのようなものになるのでしょうか。この点についても、寮生側と京大当局で主張が食い違っており、寮生側は「賃貸借関係」、京大当局は「使用貸借関係」であると主張しています。

 「賃貸借関係」とは、借り主が貸主に対価として賃料を払う有償契約のこと。「使用貸借関係」とは、対価を支払わず無償で借りる契約のことです。一般的には、借り主が対価を払っている分、「賃貸借関係」の方が借りている方の権利性が強いと説明されます。

 京大当局は、吉田寮の寄宿料が低廉であることを以て賃貸借とは言えないと主張しています。しかし、契約関係を考える上では、寄宿料の額面ではなく、それまでの経緯や当事者間の合意について考える必要があります。

 この点について、例えば「京都大学寄宿舎規定」では、寮生は京都大学に対して寄宿料を支払うという約束が定められており、また「寄宿寮及び光熱水料の不払い」が退寮事由として定められています。こうしたことから、吉田寮生の居住は大学の一方的な恩恵ということではなく、「寄宿料の支払い」と「建物の利用」は等価の関係にある、すなわち賃貸借契約と解釈すべきだと主張しています。

2-2-3、賃貸借と認められた場合

 賃貸借関係においては、借主側(寮生側)の権限がより大きくなり、貸主側が契約を解除する要件は厳しくなります。たとえば、賃料の不払いがある場合や、建物が「朽廃」状態(廃屋のようになっていてとても住めないような状況)にある場合でなければ、貸主側が契約を解除することはできないのです。そして、寮生は欠かさず寄宿料を支払っているし、建物の老朽化は朽廃というほどではない。故に寮生が立ち退きを求められる法的根拠はない、というのが、寮生側の主張です。

2-2-4、使用貸借の場合

 では逆に、寮生と大学の関係が、原告側が言うように「使用貸借関係」であるとなった場合はどうでしょうか。使用貸借関係の場合、貸主側(大学当局側)の権限、解除事由がより広く認められていますが、それでも無条件に契約解除が認められるわけではありません。結局、契約解除の理由が問題になります。

 契約解除の理由について京大当局は、主に①代替宿舎の斡旋により吉田寮の目的が終了していること、②建物が老朽化していることを主張しています。

 ①について、京大当局は、寮生に対して吉田寮からの退去を求めるに際して、低廉な家賃のアパートの斡旋を提案したので、吉田寮を使用する目的は別の手段により達成された、故に契約は解除できる、と主張しています。つまり代替宿舎を提供したんだからいいんじゃない?と、福利厚生的に問題ないんじゃない?と主張しています。

 しかし、吉田寮を含む大学寮の設置目的は、学生の通学・経済上の負担を軽減することだけではなく、共同生活による自治運営が行われていること、それによる教育上の効果が目的として不可欠であると考えられます。したがって、アパートの個別斡旋をもって吉田寮の契約を解除することは不当である、つまり真の意味で代替的なものを提供している訳ではないと主張しました。

 ②については、次節で改めて述べます。

2-2-5、老朽化を巡る争点について

 結局のところ、どのような契約関係にあろうと、最終的には老朽化の程度が大きな争点となってきます。

 京大当局は、2005年と2012年に行われた吉田寮の耐震診断の結果をもって、建物に倒壊の危険性があるため、在寮契約を解除することができる、と主張しています。

 しかし寮生側でこの耐震診断報告書について精査したところ、これらは総体として、現棟には一定耐震性能があり、また適切な補強によって継続的に使用可能であることが書かれていると言えることが分かりました。具体的には、地震時にどの程度建物が傾くかを示す「層間変形角」や建物の水平方向の耐力を示す「ベースシア係数」について、2005年の耐震調査結果ではいずれも基準値以上の値を示しています。

 よって、寮生側は、吉田寮現棟の老朽化は大学当局が法的に契約を解除できる「やむを得ない事由」には相当しない、と主張しています。これらについては、専門家である一級建築士にも耐震報告書の鑑定(=報告書をどう読むべきかという鑑定)を依頼し、その意見書も合わせて裁判所に提出しました。

 そして、仮に、現棟の老朽化が「朽廃」ないし「やむを得ない事由」に相当するほど進行していると判断されるとしても、その原因は、京大当局側の建物の維持管理責任の不十分さによるものであるということも、歴史的事実をひいて主張してきました。

 

 吉田寮自治会は2000年代より寮舎の大規模修繕を求めており、実際に、2005年の耐震調査報告書では修繕計画が立案されています。しかしこの修繕案は理由が不明瞭なまま学内選考で廃案となっています。原告が、当時から必要性を認知していたにも関わらず、現在まで現棟の補修を怠ってきた責任を踏まえれば、原告側が老朽化を理由に契約解除を決めるのは信義誠実の原則に反しており、正当な理由とは認められません。

 最後に、明け渡し対象とされている建物のうち、「寮食堂」については、2015年に耐震補修が完了しており、老朽化については争点となるべくもありません。この点は、原告自らも「老朽化の範囲には含まれない」と認めています。にもかかわらず、食堂が本件訴訟で明渡し対象とされていることには不可解であり、矛盾すると言わざるを得ません。

3、今後の展望

 以上、本件訴訟についての主な争点、原告被告それぞれの主張について説明してきました。10月の口頭弁論で、裁判官自らが「終わりが見えてきた」と発言しており、論点は概ね出尽くしたと言えます。今後は現棟の老朽化の程度について、原告・被告の主張の応酬を行い、その後は、寮生の証人尋問といった証拠調べに移ります。それが終われば最終弁論を行い、結審、という流れになります。

 本件訴訟は第一審ですので、寮生が勝訴した場合でも敗訴した場合でも、どちらかが控訴すれば第二審が始まります。ただ、京大側は地裁判決で明け渡しが認められた場合、控訴審を待たずに明け渡しを執行すること(仮執行)を裁判所に申し立てています。しかし仮執行の申立が認められたとしても、一定金額を供託することで、執行を停止することが可能です。