入寮を検討しているトランスジェンダー/ノンバイナリー周辺の方へ~吉田寮の住み心地、あるFt系トランス寮生の場合~

入寮を検討しているトランスジェンダー/ノンバイナリー周辺の方へ~吉田寮の住み心地、あるFt系トランス寮生の場合~

 

 

入寮を検討しているトランスジェンダー/ノンバイナリー周辺の方へ

~吉田寮の住み心地、あるFt系トランス寮生の場合~

文責:ミッフィー

 「学生自治寮」というイメージにつきまとうステレオタイプからか、残念ながら吉田寮はたびたび「男子寮」と勘違いされている事が多いのですが、吉田寮の入寮資格には性別要件がありません。そもそも旧帝国大学の「日本人・男子・学部生」のための福利厚生施設として始まったのが、入退寮選考を自分たちで担う中で入寮資格の再検討がなされ、男性以外の学生や留学生、また学籍で差別をせず、現在では「京大に学籍を持つ人と、その人と切実な同居の必要性を持つ人」に対して開かれています。こうした入寮資格の拡大は、100年の長い歴史の中、寮内外で行われてきた、問題提起と検討:不断の努力の賜物とも言えます。

しかし、シスジェンダー中心に設計された社会では、「誰でもOK」は口先だけで、結局アクセスできる人は一部じゃねえか、という場面に出くわすばかりです。きっと吉田寮に対しても、同じような不安を抱く方がいるのではないでしょうか。

 この記事では、実際その辺の住み心地どうなん!?というところを、あくまで一人の寮生目線でお話してみたいと思います。シスジェンダーではない人、トランスジェンダー当事者の人や性別二元論に馴染まない/めない受験生・在学生で入寮を検討している方へ、少しでも何か役に立てればなあと願います。

0.自己紹介

 本題に入る前に、軽く自己紹介をします。私は思春期にいわゆる「同性」への恋愛感情を経験して以降、例えば”女子”更衣室や合宿での大風呂で「視姦すんなよ(笑)」のような同級からの差別を通して、「女/男」分けがそもそもシスヘテロの人間しか想定しないことで成り立つ「安全神話」だという事に気づき、そのような場所の作り方へ強烈なストレスを覚えるようになりました。

 現在は紆余曲折あって、トランスである事を自覚しました。生活上のいろいろなものを天秤にかけた結果、現状医療にアクセスしていない事もあり、ノンバイナリー周辺をウロウロしています。

 京大には2017年農学部に入学し、その後2年間は京大YMCA地塩寮(京大ではなく、「京大YMCA」という団体が設置した学生自治寮)し寮外生として関わっていましたが、2020年から吉田寮に入寮した寮生です。

  1. トイレ・シャワー

 吉田寮は「現棟」と「西寮」にトイレがあり、その全てを使う人を性別で分けないオールジェンダートイレとして運用しています。農学部の授業が行われる農学部総合館は性別分けされたトイレばかりなのですが、授業に行くたびに車いす対応の個室か、もしくは人のいないタイミングを見計らって「女子」トイレを使っており、結構な不便です。生活のレベルでこのやりくりを強いられないというのは、本当にありがたいです。

また、西寮地下にあるシャワーも、すべてオールジェンダー・完全個室型です。これらについては、p.156 「寮自治とフェミニズム 〜セクハラ対策とオールジェンダートイレ〜」に詳細な経緯があるので、興味のある人はぜひ読んでみてください。

  1. 洗濯、物干し

共用の洗濯機はシャワー室すぐ横に10台ほどあります。こちらも使う人の性別等によって分けずに使っています。放置していると後ろがつかえて取り出される事もしばしば。物干しについては、屋外の物干し竿も数か所ありますが、部屋・ベランダ派が大多数なようです。

不便に感じるのは、生理で汚れた血を洗う場所が想定されてない事です。ちなみにいつも私はシャワー室で冷水を出して洗っています。毎度ちょっと惨めな気持ちになります…。

  1. 大部屋生活

 入寮後、新入寮生は部屋割りが確定するまでの間、大部屋での共同生活を送ります。旧印刷室・舎友室・茶室という名前の3つの部屋に分かれており、新入寮生の数にもよりますが、舎友室は「女子」用、旧印刷室と茶室は「男子」用として使われることが多いです。

 私にとってこの振り分け方はかなりの苦痛でしたが、とりあえずのサバイブとして舎友室でこの期間をやり過ごしていました。当時はまだ自分の性同一性に関するアイデンティティを言語化しきっていない段階だったのに加え、同期入寮で舎友暮らしだったのが他に2人しかおらず、その寮生らとたくさんコミュニケーションを取るのも大事だと考えたからです。個人的には、「女子」スペースを希望する人は舎友、それ以外で構わない人は旧印刷室で生活するのが良いのかなと思います。

 ただ、この運用のあり方については、これまで寮内でも何度も問題提起が行われてきています。不十分なやり方とは分かっているんだけど、より良いあり方を模索する所まで手が回っていない、という現状です。だから、この運用の仕方に自分を無理やり当てはめなければ、と考えなくて大丈夫です。不安があるときはぜひ、(難しいとは思うのですが)気軽に相談してください。私も含め、問題意識を共有している寮生も何人もいます。あなたにとって負担のない方法を、一緒に考えていきたいです。

  1. そのほか…

 吉田寮の構成員は、男性ジェンダーが圧倒的多数派です。(そもそも圧倒的なホモソーシャル空間である京大の福利厚生施設だから当然ともいえるのですが…)もちろん吉田寮も、差別を前提としている社会に包摂されている以上、桃源郷なんかでは全くありません。

私はこの場所を、「生活を人質に取りあう空間」だとよく感じます。何だか物騒な言い方ですが、要するに「相手に対して嫌な事をして関係性がざらつけば、自分の生活しやすさにも露骨に跳ね返ってくる」という事です。つまり、「関係性が悪くなるのが嫌だから、怒られたり間違いを指摘されたりしたら素直に聞く」という事に繋がりやすいのです。(ただし一方、「関係性が悪くなるのが嫌だから、ハラスメントされても黙っておく」というDV関係に転がる潜在的な可能性もありますが。)

 無理解や偏見、差別的な発言に遭った後、嫌な気持ちを伝えても暖簾に腕押し…というのは、寮外での人間関係に比べれば、よっぽどマシだと感じています。

 日常的に他者とのコミュニケーションに囲まれた吉田寮での生活は、本当に刺激的で、学びに溢れています。こうした学びの機会と財産が、いつも特権持ちだけに開かれ、使われてはいけないと強く思います。現に入寮資格という面では、京大の学籍を持ったすべての人に開かれてはいますが、それだけでは不十分です。多数派には見えない、諸々の「ガラスの壁」は、吉田寮でも乗り越えられていない部分があります。

 一方でこの寮には、「自治」と「話し合いの原則」によって築かれてきた、使いたい人が使いやすいようにするにはどうすればいいのか、この調整の蓄積がいくつもあります。

 吉田寮に少しでも興味を持ってくれたら、ぜひ一度、実際に足を運んでほしい。まだ見ぬあなたと、ここで出会う事が出来る事を、心から願っています。