吉田寮の老朽化対策についてー命を盾にしているのは誰ー

吉田寮の老朽化対策についてー命を盾にしているのは誰ー

2022年2月25日

吉田寮の老朽化対策について
   -命を盾にしているのは誰-

文責 つじねこ

 「吉田寮生の安全確保のための基本方針」が出て以来、私たちは常に「危険な建物からは退去すべき」と言われ続けました。大学当局(役員会などの大学経営陣)はもちろんのことですが、例えばこの問題について理解を得るべく訪問した大学教員からも、時には「なんで退去しないの?」「寮生の安全を持ち出されると、擁護できないよ」といった言葉を投げかけられることがあります。大手メディアも「安全確保を求める大学」と宣伝します。寮生は「ワガママを言って危険な建物に居座っている」というレッテルを貼られがちです。

 このパンフを読んでいる人の中にも、同じように思う人がいるかもしれません。そこでこの文章では、一寮生として吉田寮の老朽化対策の歴史をふまえながら、当局の言う「安全確保」の問題性について指摘したいと思います。

  1. 0、現棟の「安全性」について

 まず先に一つ断っておくと、吉田寮現棟は、法的に即時退去が認められるほど老朽化が進んでいるわけではありません。現棟はしっかりとした基礎をもち、柱や梁を金物で固定する戦後建築とは異なる建築工法(伝統工法)で建てられており、地震に対しても揺れることでエネルギーを分散し倒壊を防ぐ免震性能をもっています。伝統工法で建てられた木造建築は、腐朽した柱を部分的に取り替えるなどの細かなメンテナンスを行うことで、何百年も使い続けることができます。2005年に大学斡旋の業者が行った耐震調査でも「適切な補修を行うことで、今後も継続的に使用できる」との結論を出しています。

 加えて、住居の安全性は、耐震性のみで測れるものではありません。例えば、現棟は2階建てであらゆるところに出入り口があるため、災害時の避難は高層マンションなどよりずっと容易です。また住民や利用者が日常的な交流を深め、自分たちで寮を管理運営していることで、災害(火災、事故、コロナ、退去通告etc…)に対しても誰かに任せればいいと他人事にせず、大勢の人が連携し、生活実態に即した対応をとることができています。

 その上で、100年あまりが経過する中、建物の経年劣化が進んでいるのは当然です。現棟に居住してきた寮生こそ最もそれを肌身に感じ、老朽化対策の必要性を訴えてきました。

  1. 1、当局が主張する「安全確保」は欺瞞でしか無い

 大学当局は吉田寮の老朽化対策について、まるで、これまでの寮生など当事者との話し合いの中では何も進展や合意が得られなかったかのように言います。しかし事実は正反対です。

 かねてより吉田寮では、老朽化対策の方法(例えば補修するか建て替えるか等)について、寮生同士や食堂使用者など吉田寮に関係する寮生以外の人々を交えて議論し、また大学当局と協議してきました。当局との協議は、吉田寮に関係する誰もが参加できるように公開の場で行ってきました(団体交渉)。

 団体交渉を積み重ねる中で、2012年に「寮食堂は補修し、隣接する空地に新棟を増築する」ことが、寮自治会と大学当局の責任者(赤松明彦・学生担当理事)との間で合意されました。当時最も耐震性に問題があるとされていた寮食堂ですが、学内でも貴重な自治自主管理による表現空間であるということが共有され、京大最古の建築であるという指摘も相まり、補修存続が決まったのです。同時に現棟についても「建築的意義を尊重して補修の方向で協議していく」ことが合意されました。寮自治会は2014年初頭に現棟の具体的な補修案を提示し、2015年3月には杉万俊夫理事との間で合意にいたりました。

 しかしその後当局内で、吉田寮の補修存続に反対する理事らが杉万理事に圧力をかけ、現棟補修に関する交渉は中断に追いやられます。そして2015年11月に就任した川添信介理事は、一方的に寮自治会との公開の場での話し合いを拒否した上、杉万理事との補修合意を無視しました。寮自治会の補修案にどのような問題があるのかと尋ねても、「検討中です」との一言のみを繰り返し、代替案を出すでもなく、現棟の老朽化対策はその後2年間に渡り棚上げにされ続けました。

 その挙げ句2017年末に出されたのが「吉田寮生の安全確保のための基本方針」です。ここでは以上のような交渉経過はまるでなかったかのようにされ、安全性を理由に全吉田寮生の退去が通告されました。現棟の今後の扱いについては何も明らかにされず、川添理事は「今話すと混乱を招く(!?)ので、当局内での検討状況は公開しない」とも発言しました。2019年に寮自治会は、結論ありきの当局に最大限譲歩して、「現棟での居住を一時停止する」案まで示し、話し合いの再開を求めました。しかし当局はこれすら一蹴し、何らの歩み寄りも示さず、話し合いによる解決を試みもせず、法的に立ち退かせるための民事訴訟を提訴しました。3年近く続く訴訟で寮生の退去の是非があらそわれる傍ら、肝心の老朽化対策については延々と先送りにされています。

 以上からわかるように、可能なはずの老朽化対策を遅延させ、現在大学当局が言うところの「危険」を作り出しているのは他ならぬ当局自身なのです。真に「安全確保」を求めるなら、現棟の老朽化対策に向けた交渉を即刻再開するべきです。

  1. 2、立ち退くことができない理由(の一つ)

 大学当局の思惑は、寮生の「安全確保」を進めることではなく、現棟の存廃や今後の吉田寮のあり方について、寮生など当事者を締め出して一部の人間で決めたい、ということにあります。当局が目指す吉田寮のあり方は、これまでの当局の言動や全国的に管理強化が行われてきた他寮の例から明らかです。寮生や使用者による自治は認めず、当局が寮生を個別に管理し吉田寮に関する物事を決定する(※1)。経済的その他の事由で困窮する人へのセーフティネットとしての役割は捨て去り、「受益者負担」を全面に出して「支払ったコスト」や「身分」によって福利厚生に差をつける(※2)。退去通告を拒否する理由は多々ありますが、私にとって大きな理由の一つは、今、無条件に現棟・寮食堂を離れれば、何が起きるか歴然としているからです。

  1. 3、誰が、誰の命を盾にしているのか??

 一昨年行われた「京都大学総長選」(※3)で、ある総長候補者はこのように述べました(※4)。

「学生が、自分の命を盾に、吉田寮に立てこもるような状況は、できるだけ速やかに解消すべきと考えます。そのための話し合いのなかで、裁判についても議論されるべきと考えます」

 この候補者は「吉田寮について話し合いによる解決を」という立場であり、その点は大いに賛同します。ですが「寮生が自分の命を盾にして立てこもっている」という言い方には強い違和感をいだきました。あたかも寮自治会が何の解決策をも提案せず、話し合いを拒否してきたかのように聞こえ、安全性を題目に寮生を。

 当局こそが老朽化対策を遅延させてきたという歴史経緯も、寮生など当事者が大切にしているものも恐れていることも、「安全確保」を持ち出すことで、全部取るに足らないことだとし、抗議されれば「命が第一じゃないと言うのか?」と言って黙らせる。それでいて自分たちに都合が悪い要求があれば「安全確保」は取りやめるーーーこうした現在の当局の姿勢こそが、命を軽視し、他者の命を盾にして言うことを聞かせようという、最低の行為なのではないでしょうか。

 このような状況は、吉田寮に限らず数多の場所で起きていることだと、考えています。

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※1 2019年2月12日当局文書「吉田寮の今後のあり方について」にて、当局は寮生退去の理由に自治の解体があることを明らかにしました。(本パンフのp24参照)

※2 2019年1月17日の川添理事の記者会見での発言を参照。『京都大学新聞』のウェブサイトに全文があります。

※3 2020年7月に京大の総長選考が行われました。京大の総長は、いわゆる”民主的”に選ばれる存在ではなく、政財界のお偉方が半数を占めるたった12名の委員による「選考会議」で決されます。今京大総長をしている湊長博氏は、総長選考における教員の意向調査(投票)-学生や非正規職員はそこからも排除されています-で過半数の支持を得ることもないまま、総長に任命されました。詳しくは、「京大総長選学生情報局」のウェブサイトや、吉田寮広報室のYoutube動画「【ゆっくり解説】京大総長選」や、「京大職員組合ニュース2020年度第一号」などを参照。

※4 「自由の学風にふさわしい京大総長を求める会」の公開質問状に対する大嶋正裕候補者の回答。このように、問題含みだとしても何らかの反応があれば、それを批判し問題化することもできるし、コミュニケーションを取る中で意見が変わっていく可能性もあります。一方、2020年に京大の新総長に就任した湊長博候補も、学生担当理事に就任した村中隆史候補も、吉田寮自治会から出したものを含め、公開質問状自体を無視しました。権力を持つ側が「知らんふり」して問題の存在自体を見えにくくすることは、最も暴力的で権力的なふるまいの一つだと思います。